マーラー交響曲全集のベスト10

マーラーの交響曲全集もたくさんあるが、すべての交響曲が素晴らしいという全集盤は当然ながらない。

アバドの旧全集
アバドの旧全集

1位はアバドの旧全集がバランスと情熱、技術と平均点が高い。シカゴ交響楽団、ウィーンフィル、ベルリンフィル8番と何とか全集にした。

1番、3番、4番、6番、7番が名演。8番、9番は物足りない。特に3番と1番は若いアバドでしか演奏できなかった熱の入った丁寧な指揮ぶりに感動する。大地の歌はない。

アバドのベルリンフィルとルツェルンの新盤は冷たく冷静で、構成や音響に指揮者が力を入れていて、マーラーの暖かい心が無くなってしまった。上手い演奏だけど好きになれない。旧盤の熱さが好きだ。燃えている。

2位はバーンスタインのニューヨークフィルの旧盤。新全集はやりすぎでマーラーを使ったバーンスタインの熱演を味わうものでマーラーの曲の鑑賞には適さない。

旧盤はバーンスタインの客観性と若いのめり込む指揮ぶりが、荒っぽいけどマーラーの曲の前衛性を表現している。初めてマーラーの曲を聴いた聴衆の驚きと戸惑いが感じられる演奏。マーラーがいかに変わった曲を当時、作曲していたかが良くわかる演奏。

3位はインバル東京都交響楽団の全集。録音も最新だし、インバルのバランス感覚と全体の構成力で、この複雑で長いマーラーの交響曲が楽章の順を追って紹介されるようだ。楽章間のつながりがあり、最後まで聞いて終楽章で納得する名曲に仕上げている。インバルはマーラーの最も丁寧な紹介者と言える。それにしてもインバルの客観性は素晴らしい。

4位はバーンスタインの新盤全集。やはりバーンスタインはマーラーでは一度は聴かなければならない演奏と言える。ここまで感情とテンポを動かして指揮できる曲であることを知る演奏。マーラー自身も驚きの没入ぶりだろう。他の指揮者では決して味わえない、おもちゃ箱のような子供のような演奏。その代わり客観性が全然ない解釈。初めて聞くにはキツイ演奏だと思う。

5位はインバル、フランクフルト交響楽団の旧全集。1、2番はまだクールすぎる解釈だったインバルが、3番、4番辺りからどんどんマーラーの世界にのめり込んでいったような深みのある演奏を聴かせる。

ただし最後の9番はドライすぎる演奏。3番、4番、5番、6番、7番、8番はバランスの取れた安定した構成感と伝統的なヨーロッパの歴史を感じる重みのある名曲に仕上げている。この品の良い暖かい包み込むようなインバルの熱い情熱と冷静な構成感は上品なマーラー全集として推薦できる名盤。

6位はいろいろな試みが面白いラトルの全集。2番、6番はおとなしい解釈で面白くないが、それ以外はバーミンガム市響を振って細かい工夫が感じられて新しいマーラー像が聴ける。

伝統的なインバルのような名曲ではなく、ラトルの前衛性が出ている。オーケストラとの遊び心があり、硬い演奏になっていない。このやわらかいマーラーの解釈も貴重な全集と言える。

7位はマゼールのウィーンフィルとの全集。ウィーンフィルの全集自体がマーラーではほとんどない現状。理由はウィーンフィルがそもそもマーラーが嫌いだったからで、マゼールでやっと実現した。

マゼールはテンポをかなり動かして小細工が感じられるが、ウィーンフィルの暖かい音響で、包まれてヨーロッパの伝統の音で聴けるのがうれしい。楽器の鳴らし方や構成はしっかりしていて全体のマーラーの長い交響曲のまとめ方が上手い。ラトルとのオーケストラのレベルの差が良くわかる。まろやかな演奏で大人びたシブい解釈なので、若い人には物足りない演奏かもしれない。

8位はブーレーズのシカゴ、ウィーン、クリーブランド、ベルリンシュターツカペレなどの全集。格調高い超客観的なマーラーが聴ける。マーラーのオーケストラの楽器間の音の響きが良くわかる。

現代のマーラーの録音や資料的研究に使いたくなる分析力を感じる。冷たい感じも受けるが、丁寧な指揮ぶりで、冷静に演奏するとマーラーはこんなに整った演奏になるのかという発見がある。

9位はノット、バンベルク全集。新しい指揮者ではノット盤が良い。分析力と楽譜の読む力、全体のまとめ方。現代性、すべてバランスがいい。

10位はギーレン盤。現代音楽的なクールな鳴らし方がユニーク。マーラーへの傾倒ぶりが良く出ている。現代の音楽としてのマーラーを分析した全集として価値がある。

他にはハイティンクやレヴァイン、カラヤン、クレンペラーなどが全集がないので残念。ハイティンクはコンセルトヘボウと新全集を作ってほしかった。80年代のハイティンクは素晴らしかった。

他にはクーベリック、ノイマン、小沢征爾、ショルティ、ベルティーニ、シャイー、ゲルギエフ、ハイティンク旧盤、ノリントン、ジンマン、ティルソン・トーマス、シノーポリなどたくさんある。

 

 

マーラー交響曲第5番 ベスト6

マーラーの交響曲第5番はアダージェットが有名で、それ以外には、特徴があまり無く、最近はほとんど聴かない。

カラヤン ベルリンフィル盤
カラヤン ベルリンフィル盤

10曲の交響曲のなかで、真っ先にマーラーのマニアには聴き飽きる曲だと感じる。マーラーの最高傑作とはとても思えない。

出だしの葬送行進曲でいきなり気だるい世界が全快で暗すぎる。あとは楽章間の繋がりが弱く、一貫性に欠ける曲で、特に3楽章のあっけらかんとした感じが、1、2楽章の悲劇性と違い過ぎて全く繋がらない。3楽章であっけに取られてしまう。急に明るくなり過ぎだ。

5楽章も楽天的で軽い音楽に感じる。

交響曲第7番の夜の明るさとは異なる、緊張感のない楽天的な曲に聞こえる。

5番で一番好きなのは、カラヤンの演奏で、全体のクールな構造的な統一感があることと、アダージェットがまるで黄昏時の寂しい湖のように美しいロマンチックな演奏で表現がくどくなくてあっさりしていて聴き飽きない名盤だ。

2位のクーベリック盤も折り目正しい演奏で、特にアダージェットが繊細の極みで素晴らしい。このアダージェットの弦楽器の絹のような繊細さは、他に代えがたい魅力で外せない。懐かしく美しく、艶やかにマーラーを鳴らす。

マーラー交響曲第5番 クーベリック盤
3位のインバル盤も全体感があり、構成がしっかりしている。統一感を感じさせてくれる演奏。この曲はつながりが弱い楽章の関係を、どうまとめるかにかかっていると思う。難しい曲である。
マーラー交響曲第5番 インバル盤

4位のマゼール盤はウィーンフィルの魅力で聴かせる。悲劇性を1,2楽章で力演している。カラヤンをもう少し暖かくした演奏と言える。ヨーロッパの伝統を感じさせる文化の香りがする。

マーラー交響曲第5番 マゼール盤
5位のバーンスタイン・ウィーンフィルは濃厚すぎてくどいが、濃厚なマーラー好きには最適な演奏。しかし重ったるく感じるので疲れる演奏だ。繰り返し聞く気にならない。
マーラー交響曲第5番 バーンスタイン盤

6位、マーツァル盤は爽やかで明るく、楽天的な名演。ジェームス・レヴァインのフィラデルフィア盤に近い演奏。暗くないマーラーがこの5番には合っている。爽やかすぎるのが欠点だが、重い1楽章が苦手な人には聴きやすい。録音も素晴らしい。

マーラー交響曲第5番 マーツァル盤

マーラー交響曲第10番 全曲版のベスト5

マーラーの交響曲第10番の全曲版ベスト5

レヴァイン フィラデルフィア盤
レヴァイン フィラデルフィア盤

マーラーの交響曲第10番はアダージョのみがマーラーが完成しただけで、
他の楽章はスケッチしかないので、全曲版には拒否反応を示す指揮者ばかりだった。

しかし、最近は全曲版がいろんな指揮者によって出されて録音も増えてきた。

基本的にはデリク・クックの全曲版が有名で数が多い。

ラトルやレヴァインなど昔はクック版しかなかったので仕方がない。

バーンスタインも全曲版は録音していないし、ショルティもマゼールもアバドもノイマンもクーベリックも全曲版はない。

残念なことである。

最初に10番の全曲版に目覚めさせてくれたレヴァイン盤を筆頭に挙げる。

迫力がすごい、大音量でうねるようなマーラーの心の叫びを表現している。1楽章アダージョの不協和音が凄い!

10番はマーラーの楽譜にアルマへの思いが書かれていたという。そしてスケルツオではマーラーが骸骨と踊るという表現もあったらしい。未だに死の恐怖に恐れを持っているマーラーの心の叫びがある。やはりマーラーは激しい演奏が好きだ。

あとは最近タワーレコードから出たモリスのニューフィルハーモニア盤が凄い力演で良かった。

シャイー盤などはあっさりしすぎている。綺麗にすっきりした仕上げにしている。マーラーを心地よい音楽に変えてしまっているように感じる。

ハーディングもラトルも同様で好きになれない。ラトルは思い切りが悪い、分析的で小細工しすぎな演奏。マーラー10番には向いていないと感じてしまう。

マーラーの毒が全くない。名曲として整えて演奏しているので美しいが、マーラーの本質が見えない。過去の名曲にしてしまっている。

モリス盤
モリス盤
インバル盤はマーラーの本質を理解していると感じる演奏。マーラーへの深い共感がある。しかし現代的で整えすぎな演奏。
インバル盤
インバル盤
ギーレン盤も分析的だが、探求心がマーラーに向かっていて誠実な演奏になっている。作曲家への尊敬と共感がある。
ギーレン盤
ギーレン盤
ラトル・フィルハーモニア盤はベルリンフィル盤よりは、若いラトルのマーラーへの強い共感が感じられる。若さと挑戦する気持ちが強い。演奏はオーケストラがやや力不足。
ラトル フィルハーモニア盤
ラトル フィルハーモニア盤

ベルリンフィル盤があまり硬い演奏で慎重すぎて好きになれないので、仕方なくフィルハーモニア盤を挙げる。

シャイーやハーディングの全曲盤は分析的過ぎて感情が無く、乾いたマーラーになってしまっていて好きになれない。

もっとのめり込んで演奏してほしい。

シャイーのマーラーはすべてそういう感じに聴こえる。冷静すぎて冷たい演奏。本来は濃いはずのマーラーの気質に合わないと思う。

シャイーは一番マーラーから気質が遠い人物に見える。アバドもそうだ。イタリアの指揮者は表面的な綺麗な演奏に聴こえ、心地よい音響にしている。

マーラー毒がない去勢されたような演奏。

いかにも現代的な冷たい感じ。

ラトルもハーディングもマーラーの気質には合わない指揮者であろうと感じてしまう。分析的で神経質な細かい部分にこだわり過ぎで思い切りが悪い。

ショルティもそうだ。構造や音響に凝り過ぎ。

逆にマーラーの気質に近いのはバーンスタイン、メングルベルグ、シノーポリなど、くせの強い指揮者がマーラーの体質に近いと感じる。

作曲をするタイプの指揮者がマーラー的だと思う。

カラヤンやシャイーやアバドは指揮者のプロであり、芸術家とは感じない。

うまい演出家だと思う。器用なタイプで人を楽しませるエンタメ性が高い指揮者ではマーラーのような芸術家タイプとは言いにくい。

細かい神経質な性格や小市民的な人に好かれようとする性格もマーラーからは最も遠い人物像であろう。

とにかくクールで世渡り上手な印象の指揮者は基本的にマーラーには向いていない指揮者と思う。

 

マーラーの交響曲 大地の歌 ベスト7

マーラー交響曲、大地の歌のベスト7

クレンペラー盤
クレンペラー盤

大地の歌のこの暗さに耐えられれば、本物のマーラーファンと言っていいだろう。

大地の歌は終楽章の絶望感が耐えられない、苦しくなるほど暗い、本当に不思議な曲である。ショスタコーヴィチ並みの暗さである。

この演奏はやはりクレンペラーがベストで1位。これほど暗さと気品、構築性があり、曲にのめり込み過ぎず、客観的に演奏出来た盤は無い。

大概の演奏は感情的になってしまう演奏ばかりで、逆に最近の演奏はクールすぎてマーラーらしさがない。思い入れが感じられない指揮者が多い。

クレンペラーは本質をつかみ、しかも客観視で来ている、永遠の名盤と言える。

最近は男性が二人で歌う盤も増えてきた。終楽章は女性か男性かの選択が難しい。暗さを求めると男性になり、軽さを求めると女性になる。

男女交互に歌うと聴いていて飽きないが、終楽章の告別が女性では物足りなく感じる曲でもある。

歌詞が重すぎるので、女性の歌だと多少説得力が無く感じてしまう。

2位はバーンスタイン、ウィーンフィル盤は元気すぎるが、若々しいバーンスタインの名盤だろう。

若いバーンスタインの感情の没入度が凄いし、ウィーンフィルの美しさも大きい。

1楽章の激しさは圧倒される。デリケートな指揮ぶりにバーンスタインの若い繊細さとダイナミックさがマッチしている。多少大げさな演奏。

フィッシャー・ディースカウが歌っているのも大きい。

バーンスタイン盤
バーンスタイン盤
3位のワルターはウィーンフィル盤よりニューヨークフィル盤のほうが、肩の力が抜けていい演奏に思える。ウィーンフィル盤は重すぎる。
ワルター、ニューヨーク盤
ワルター、ニューヨーク盤

4位はワルターの52年盤のライブ録音、フェリアーとパツァークのスタジオ録音の年のライブ録音が生々しい音でいい。

スタジオ録音の重さ暗さが無く、当時の暖かいライブでのフェリアーやパツァークの表現が生き生きしている。

ワルター52年ライブ盤
ワルター52年ライブ盤

 

5位はクーベリック、バイエルンのライブ盤は、軽くて大地の歌の重さがなくていい。すっきりした演奏で、重い演奏が苦手な人に最適な盤。

クーベリック盤
クーベリック盤

6位はケーゲル盤と7位はベルティーニ盤も名演だ。

ケーゲルは暗さが前面に出て悲劇的な演奏だが、なぜかそれほど暗くなく、聞いていて落ち込まない。しみじみする演奏。

ベルティーニ盤は元気で暗くない演奏、パワフルでエネルギーに満ちた演奏で元気になる。

ケーゲル盤
ケーゲル盤

 

ベルティーニ盤
ベルティーニ盤

最近の録音ではノットのバンベルク盤がいい。ジョナサン・ノットは他のマーラーの交響曲でもいい録音が多く、マーラーに向いた指揮者だと感じる。

逆にシャイーやラトルはマーラー指揮者とは言えない。思い入れが感じられない、効果ばかり狙っている演奏で、マーラーで実験している様に感じてしまう。

やはりクールな指揮者はマーラーには向いていない、とつくづく思う。

ノット盤
ノット盤

マーラーの交響曲第1番 ベスト6

マーラー交響曲第1番 ベスト6

アバド シカゴ盤
アバド シカゴ盤

マーラーの交響曲の最も親しみやすい曲。最後のフィナーレの盛り上がりに感情移入すると、ついはまってしまう曲。

旋律も懐かしいような自然の音やメロディーの宝庫。ただしマーラーファンは1番と5番は飽きやすい曲だと思っている人がほとんどだと思う。2番復活も飽きやすい。

私のベスト1はアバドのシカゴ盤。マーラーの繊細でナイーブな感性が美しく表現され、最後のクライマックスも凄い。録音も細かくて言うことなし。

アバドの若い覇気が最良に生かされた録音。意欲満々さが伝わってくる。しかも繊細。若い繊細なマーラーを聴きたい時には最適な録音。

2位はバーンスタインのニューヨークフィル旧盤も素晴らしい。この荒さが若いマーラーの疾風怒濤をまさに表現していると思う。荒れ狂う盛り上がりが若いマーラーの感情にぴったりだ。

名盤。

バーンスタイン盤
バーンスタイン盤

3位はバーンスタインのコンセルトヘボウ盤は、表現が大げさすぎだが名演には違いない。最後のフィナーレはやりすぎだが、、

バーンスタイン、ACO盤
バーンスタイン盤、ACO盤

4位はワルター、コロンビア盤も終楽章は爆発しない物足りなさがあるが、古典的な美しい名演である。

ワルター、コロンビア盤
ワルター、コロンビア盤
あとは5位バッティストーニ盤や6位チョン・ミュンフン盤が素晴らしい。最後のフィナーレが待ってましたとばかりに鳴り響くので盛り上がる。
バッティストーニ盤
バッティストーニ盤
チョンミュンフン盤
チョンミュンフン盤

マーラーの交響曲は1番、4番、5番、大地の歌はマーラー愛が無くてもいい演奏ができる曲で、たくさんの指揮者が演奏している。

ただし、2番、3番、6番、7番、8番、9番はマーラーへのかなりの熱意がないと指揮できない難しい曲だと思う。

カラヤンは6番では失敗し、9番では成功しているのが面白い。カラヤンの7番はどういう演奏になるか想像すると面白い。フィナーレが美化されて演奏されたら笑えてしまう。

ワルターも6番や7番をどう演奏したかの創造の楽しさがある。

マーラーの交響曲第4番 ベスト6

マーラーの交響曲第4番 ベスト6

メンゲルベルグ盤
メンゲルベルグ盤

交響曲第1番の次に軽い曲で親しみやすい4番。

やや重い雰囲気が2楽章にあるが、意外にマーラーの独特なアクがない曲なので、いろんな指揮者が演奏している。

1番の次に録音が多い曲と言える。

しかし推薦盤となると難しい。

綺麗に演奏するとマーラーらしさが無くなり、別人のように普通の曲になってしまう。マーラーの毒を持ちながら淡い純粋さを出すのが難しい。

終楽章の盛り上がりもない曲なので指揮するのは苦労するだろう。

メンゲルベルグが一番マーラーの毒を表現しながら遊んでいて、メルヘンチックな良さも十分出ていてベストだ。

ただし録音は良くない、モノラル録音です。

2位クレンペラーも遊びはないが、真面目に演奏していて、4番の軽さから脱して重厚さが感じられてよい。高貴な演奏でメルヘンチックな甘さが一切ないのがいい。

クレンペラー盤
クレンペラー盤
ワルター盤
ワルター盤

第3位はワルターのゼーフリートのソプラノ盤、軽い曲のほうがワルターはメロディーの美しさと気品が出る。

ただし録音はライブでモノラルなので音は悪い。暖かくロマンチックな演奏。

バーンスタイン盤
バーンスタイン盤
4位はバーンスタインのニューヨークフィル盤、3楽章のアダージョの粘りが最高だし、1楽章もマーラーの気まぐれな癖を強調していながら決して大げさにならない節度がある。

このころのバーンスタインが一番マーラーの若々しさを表現するのに最適な時期だったと思います。晩年のバーンスタインはやりすぎです。

5位はインバルのフランクフルト盤、癖がなく聞きやすく整っていて、しかもマーラーの毒が上手く中和されて美しく演奏されている。

クレンペラー的に気品がある演奏。

インバル盤
インバル盤

6位はヘレヴェッヘの小規模な演奏、繊細でマーラーの室内楽的な新しい発見がある。声楽もデリケート。

ヘレヴェッヘ盤
ヘレヴェッヘ盤

アバドは4番でも私は好きになれない。あの弱弱しいデリケートな旋律がダメである。マーラーの男っぽさが無さすぎる。化粧品のコマーシャル音楽のようで気持ち悪い。

マーラーの交響曲第2番 ベスト5

マーラーの交響曲第2番、復活ベスト5。

メータ ウィーンフィル盤
メータ ウィーンフィル盤

2番は声楽で最後に大いに盛り上がって終わる派手な交響曲なので一見名演が多いと思わせるが意外に少ない。

推薦盤はメータ、ウィーンフィル盤が1位。若々しさとドラマチックさと重々しい深刻さもあり、ウィーンフィルが熱演している。合唱も素晴らしい。名曲として折り目正しい演奏。優等生的だが、この盛り上げ方は上手いと思う。

メータが若く、すごいやる気がみなぎっていた頃で最高の名演と言える。ヨーロッパの格調高い面もあり、しかも若々しい演奏。

逆にアバドは3種類ぐらいあるが、どれも繊細で整い過ぎていて盛り上がりに欠ける。クールにきちんと演奏しすぎている。真面目過ぎて私は好きじゃない。

ラトルも真面目で誠実すぎて熱意が感じられない。マーラーの復活は派手に演奏した方が私は好きだ。

シノーポリも終楽章の盛り上げは素晴らしいが、少し理屈っぽく固い演奏に聴こえる。

ハイティンクも真面目過ぎる。整え過ぎである。

2位、バーンスタインのニューヨークフィル新盤は終楽章以外は素晴らしい。終楽章はやりすぎでテンポが遅すぎて勿体つけすぎである。

終楽章以外はベストでメータ盤の次に素晴らしい。3楽章のマーラーの気分の浮き沈みの表現は特に見事で、マーラー自身が指揮しているようだ。

バーンスタイン盤
バーンスタイン盤

3位はテンシュテットの北ドイツ放送交響楽団のライブ海賊盤が素晴らしい。

終楽章までの持って生き方が上手い。終楽章の遅いテンポがバーンスタインほどくどくなく自然な遅さ、必然性のあるテンポの遅さに感じられる。

一楽章の出だしのコントラバスも最高。深刻さのある物語的な持って生き方が上手い。

ただし録音がライブ盤なので今一つ。第3位にランクされる名演。

テンシュテット、北ドイツ盤
テンシュテット、北ドイツ盤
4位はブーレーズ盤でやはり現代的で分析的過ぎるが、これはこれで整った名曲の仕上げで美しい。すごい格調が高い名曲に仕上げている。立派過ぎて聴いていて恥ずかしくなる終楽章。
ブーレーズ盤
ブーレーズ盤
5位インバル、東京都交響楽団もライブでこのレベルを再現できれば十分な名演になる。都響シリーズは素晴らしいライブ全集だ。第5位。
インバル盤
インバル盤

どうしてもアバドの演奏はどれを聴いても拒否反応が出てしまうのが不思議だ。特にルツェルン盤は大嫌いである。

アバドの細かさが出てしまって疲れてしまう。これならクレンペラーのほうがよっぽど疲れない。シャイー盤やガッティ盤は最悪の演奏。マーラーのアクの強さが全くない。

 

マーラーの交響曲第4番の世界は単純でない

メンゲルベルグのジャケット
メンゲルベルグのジャケット

マーラーの交響曲第4番は本来、メンゲルベルグの描いた世界のようなイメージだと思う。

マーラーの描いていた世界は、あのようなファンタジーだったと思う。

あまり客観的に演奏したら、ただの甘い音楽になってしまう。

子供の世界、奇怪とファンタジーの同居した子供の特有の感覚だ。

思い切りテンポを動かし、心を揺さぶる遊び心がないと意味がない。
上手い演奏でも神経質な感じはダメで、不器用でも夢の中にいるような感覚にさせてくれる演奏はメンゲルベルグしか当てはまらない。

アバドは細かすぎて音にデリケートすぎる。もっとテンポをゆらして強弱の遊びが欲しい。

クレンペラーも真面目すぎるし、ワルターも穏やか過ぎて、危なげな子供心が感じられない。あくまで大人の演奏である。

バーンスタインの旧盤はアメリカのドライな感覚が録音に感じられて惜しい。もっとウェットな録音で聴きたかった。コンセルトヘボウ盤も良くない。作りすぎてきらびやかになってしまっている。

マーラーの交響曲第4番は簡単そうで難しい曲だと思う。

 

マーラー交響曲第2番の決定盤はメータ盤とテンシュテットのライブ盤」

テンシュテット北ドイツ放送響のライブ盤ジャケット
テンシュテット北ドイツ放送響ライブ盤のジャケット

マーラーの交響曲第2番復活は、意外と決定盤が少ない。

1楽章の緊張感が足りない演奏が多いのだ。4楽章の原光のひっそりとした存在感も重要だ。

どちらも満足できるレコードは、テンシュテットの北ドイツ放送交響楽団のライブ盤と、メータ、ウィーンフィル盤だ。

どちらも1楽章の緊張感が素晴らしい。これから始まるドラマの序章という位置付けがしっかりしていて、クライマックスの終楽章を予見させるやや控えめで、緊張感もある指揮ぶりが素晴らしい。

2,3楽章の位置づけもしっかりと1楽章と終楽章に挟まれた緩徐楽章の役割がしっかりしている。

これからの流れをうまく終楽章に持っていく橋渡しの楽章として丁寧に扱っている。

少しここで少し気分を休めることができる。

4楽章からはもう緊張の予感がする。控えめの音量で小さく5楽章を引き立てている。

そして5楽章の爆発力が来て、最大の盛り上がりを作っている。

この楽章間の扱いがテンシュテットの北ドイツ放送響ライブ盤が一番うまいと思う。

他の指揮者では終楽章までの緊張感が保てないのだ。

集中力が及ばない。

メータ、ウィーンフィル盤は勢いと若さで見事クライマックスへの流れが導き出されている。しかも品がある。合唱も素晴らしい。

1番優等生らしい2番の演奏と言える。ウィーンフィルの力演と合唱団の上品な盛り上がり方が美しく仕上がっている。

メータ ウィーンフィル盤
メータ ウィーンフィル盤

バーンスタインのニューヨークフィルの新盤は終楽章がやりすぎだ。ここまで大げさにテンポをゆっくり盛り上げると逆に安っぽい盛り上がりに感じなくもない。

ただし、4楽章までは素晴らしく、どの楽章もバーンスタインのマーラー愛がある。終楽章は、大げさすぎてシラケてしまう。

結局マーラーの2番はテンシュテットとメータの力演に及ばない。

マーラー 大地の歌 クレンペラー盤の崇高な美

クレンペラー盤
クレンペラー盤

マーラーの大地の歌はあまりに虚無的で、聴くときはかなりの覚悟がいる。

いかにもマーラーらしい、厭世的な世界だからだ。

しかし、クレンペラーの演奏はその重く暗くなりがちな大地の歌を、もっとも普遍的に崇高に聴かせる。

いわゆる思い入れの少ない演奏であるが、それぐらいが丁度いい曲である。

濃厚な演奏だと感情的すぎて、マーラーの厭世的な世界に引きずり込まれてしまう、美しさよりも湿った感情が勝りすぎるのである。

あくまでも距離をおいて、曲を見ているクレンペラーの演奏は客観的で普遍的だ。

時代の流行に流されない、しっかりとした地に足がついた演奏である。
ワルターの演奏ははしっとりと暗く、寂しくもっと感情的で、重すぎて聞けない。