オスカー・ココシュカ 筆さばきの個性的画家

オスカー・ココシュカの絵は、絵の具の筆さばきが独特で印象深いです。

オスカー・ココシュカの絵画

オスカー・ココシュカの絵画

ココシュカは作曲家のグスタフ・マーラーと同時代の画家で、世紀末芸術の絵画です。

オスカー・ココシュカの絵画
オスカー・ココシュカの絵画

絵の具がまるで、ココシュカの手が揺れながら描いているようで、不安感を感じさせる雰囲気があります。

オスカー・ココシュカの絵画
オスカー・ココシュカの絵画

この絵はマントヒヒの絵ですが、まるで抽象絵画に見えます。

絵の背景とマントヒヒが同じように描かれて、ヒヒと背景の区別がつきにくい効果を出しています。

オスカー・ココシュカの絵画
オスカー・ココシュカの絵画

ココシュカの若い時の自画像です。

オスカー・ココシュカ
オスカー・ココシュカ

ココシュカの実際の顔も派手な顔で、彼の絵も派手なところが共通しています。

絵の筆さばきは現代美術のゲルハルト・リヒターに似ています。

ゲルハルト・リヒターの絵画
ゲルハルト・リヒターの絵画

二人ともドイツ人で激しさが共通しています。

この激しい筆さばきはドイツ的な共通するものがあります。
エミール・ノルデなども似ています。
ノルデの油絵
ノルデの油絵

ドイツの画家の不思議な過激性を感じます。

 

 

 

 

セザンヌ「サントヴィクトワール山」が大傑作な理由

画家セザンヌの傑作はたくさんありますが、中でも優れているのは「サント・ヴィクトワール山」です。

セザンヌ サント・ヴィクトワール山
セザンヌ サント・ヴィクトワール山

セザンヌは「リンゴとオレンジ」のような有名な作品がありますが、「サントヴィクトワール山」の方が優れています。

セザンヌ リンゴとオレンジ
セザンヌ リンゴとオレンジ

理由は、後の天才、ピカソが感じたような最初の抽象絵画の作品なのです。

ピカソ アヴィニョンの娘たち
ピカソ アヴィニョンの娘たち

ピカソはセザンヌの「サントヴィクトワール山」で抽象絵画への世界に目覚めたのです。

このほとんど三角形や直線で形をとっているセザンヌの目は風景画から幾何形体の形を感じ取り、試行錯誤したあとが出ています。

「リンゴとオレンジ」のように写実の質感はありません。

言わば、3次元の空間が、地面という平面で、山は三角錐なのです。

木の表現も、線、一筆のタッチで表し、単純化の世界に行きついています。

モンドリアンの4角形の先取りなのです。

モンドリアンの抽象画
モンドリアンの抽象画

セザンヌがこの「サントヴィクトワール山」ではじめて抽象絵画の境地を発見し、一見、未完成のような絵に見えてしまいますが、当時は誰もそのすごさが分かりませんでした。

市民に理解されないので、田舎に住んで一人で抽象画の研究をしたのです。

「リンゴとオレンジ」はまだ分かり易い絵だったので、ピカソも過去の画家として見ていたのです。

しかし、「サントヴィクトワール山」を見たピカソはそこから抽象絵画のキュビズムの実験を始めるのです。

要するに具象画を描いていたピカソをびっくりさせて、抽象絵画への実験に入らせたきっかけの絵画だったのです。

なので、セザンヌの「サントヴィクトワール山」は歴史的傑作であり、セザンヌの作品の中でもとりわけ重要な作品なのです。

私がこの絵を模写する理由は、その抽象化の過程を知りたいと思ったからこの絵を模写して、天才の秘密を知りたかったのです。

ミケランジェロの明るい色彩と気品

ミケランジェロは彫刻が有名ですが、絵画の色彩とポーズも見事です。

天才は苦手がありません。

ミケランジェロの壁画、天地創造の部分

ルネサンスの1500年代の古さを感じさせません。爽やかで清々しい軽さを感じます。

ミケランジェロの壁画、天地創造の部分

しかもポーズのかっこ良さがあるので、その漫画的なダイナミックさと色の明るさのギャップで凡人でも理解できるように工夫しています。正に1000年に一人の天才性を見せつけます。

ミケランジェロの壁画、天地創造の部分

この明るいピンク色の爽やかさは男らしいポーズに色の軽い魅力を加えています。

彫刻家でありながら、絵画の色彩感覚も持っていた不得意の無い天才です。人間じゃありません。
ミケランジェロの壁画、天地創造の部分、アダムの目覚め
この腕の力強い筋肉質のポーズが元気をもらえます。そして哲学的な深さのあるポーズで深遠さも感じます。
ミケランジェロの壁画 最後の審判 部分
ミケランジェロの壁画全体 天地創造

しかもこのバイタリティー。

ミケランジェロの壁画全体 天地創造と最後の審判

これを一人で仕上げたのは、超人としか言えません。

クラシック音楽で例えるとブルックナーの交響曲の世界感に近い非人間界の芸術といっていいと思います。

マッケ 子供の絵のような魅力

ドイツのマッケは一見下手な絵に見えるけど、なぜか惹かれてしまう絵だ。

マッケの絵画
マッケの絵画

フランツ・マルクなどのドイツの表現主義の前衛グループに居ながら、どこかホンワリとした魅力がある。

マッケの絵画
マッケの絵画

この一見、子供の絵のような顔のない人物とモワモワした筆のタッチがなぜか癒されてしまうのだ。

マッケの絵画
マッケの絵画

緑と赤の使い方が印象的で、素朴な絵なのに捕色な色彩が強烈にアピールしてくる。

マッケの絵画
マッケの絵画
このねじれた人物の描き方も魅力で、謎の世界に生きている人々に見えて、現実感が無い。
まるで4次元空間に生きている人々の様で、見ていて不思議な空想の世界を感じる。

ドイツの特有の濃い色彩と濃厚な表現がマッケの場合、薄らいで観れるのだ。

ややくどい色彩も入り込みやすいぼやけたタッチやねじれた表現、顔のない人物など子供の絵のような親しみやすさを感じさせてくれる。

マッケの絵画
マッケの絵画

まるで歪んだレンズで見ているような現実世界で、夢の中の非現実の世界の様で、見ていてフワフワした眠りに誘われるような絵画だ。

フランツ・マルクの絵画
フランツ・マルクの絵画

同時代のドイツの画家のフランツ・マルクも前衛的な絵と、動物を使った絵を描いていて不思議な存在だ。

フランツ・マルクの絵画
フランツ・マルクの絵画

 

フランツ・マルクの絵画
フランツ・マルクの絵画

 

マッケの絵画
マッケの絵画

マッケも前衛的な絵画も描いている。マルクもマッケもドイツの画家エミール・ノルデのように不思議な魅力を持っているのである。

子供のような技巧を感じない絵でも、魅力を感じてしまうドイツの絵のオーラのようなものがある。

マッケの自画像
マッケの自画像

ルオー、ドーミエの人間の深い観察力

ルオーやドーミエの絵は哀愁を感じる絵で、人間への深い観察と共感がある。

ルオーの絵画
ルオーの絵画
ルオーの絵画
ルオーの絵画
ドーミエの絵画
ドーミエの絵画

人間の哀愁を感じさせる絵だ。

人間を動物的な生き物として描いているように見える。

ルオーの絵画
ルオーの絵画

 

ドーミエの絵画
ドーミエの絵画

ルオーもドーミエも、きれいごとでない人間の本能を描いている。

ルオーの絵画
ルオーの絵画

 

ドーミエの絵画
ドーミエの絵画

人間の本性というか、生きていく生き様を隠さずにそのまま描く。

醜い部分もあるのが人間だというように、きれいな絵を描かない。

きれいごとばかりの現代には疲れるのである。
ルオーの絵画
ルオーの絵画

 

ドーミエの絵画
ドーミエの絵画

 

鴨井玲の絵画
鴨井玲の絵画
日本にも鴨井玲という哀愁のある人物画の画家がいた。
モジリアーニの絵画
モジリアーニの絵画

モジリアーニもパリの哀愁のある人物画を描いた。

ミレーの絵画
ミレーの絵画

ミレーも農民の生活を描いた。

きれいごと出ない生きていく生きざまをそのまま描いている。

人間的な絵画も深みを感じていいものだと思う。

今に時代はきれいごとが多すぎるように思う。

画家のスケッチ、ノート集、ピカソ、ホッパーなど

画家の下描きのスケッチブックをアップします。画家ごとの試行法や、ものの見方がスケッチブックに出ています。

ピカソのスケッチブック
ピカソのスケッチブック

ピカソらしい力強いスケッチです。

ピカソのキュビズムの頃のスケッチ写真
ピカソのキュビズムの頃のスケッチ写真

 

エゴン・シーレのスケッチブック
エゴン・シーレのスケッチブック

シーレの繊細な水彩のスケッチです。メモが細かく描かれています。

パウル・クレーのスケッチブック
パウル・クレーのスケッチブック

クレーの色彩の思考の考え方がスケッチで読み取れます。

論理的なタイプのクレーです。

エドワード・ホッパーのスケッチ
エドワード・ホッパーのスケッチ
ホッパーはアメリカの孤独な人々の絵で有名ですが、細かいメモとスケッチに、かなり細かいきっちりした性格を感じます。
ゴッホのンノート
ゴッホのノート

ゴッホは絵ハガキのようなスケッチで、人間性が感じられます。

ゴーギャンのスケッチブック
ゴーギャンのスケッチブック

ゴーギャンは鮮やかな色彩の下書きのスケッチで、既に油絵の完成作品が想像できます。

マチスのスケッチブック
マチスのスケッチブック

マチスはアイデアが豊富な様子がよくわかります。

ターナーのスケッチブック
ターナーのスケッチブック
ターナーは風景画家らしい、細かい水彩の描写が迫力あります。すでに油絵のような完成度を感じる作品になっています。
ドラクロワのスケッチブック
ドラクロワのスケッチブック

ドラクロワは旅行でのスケッチです。人々のしぐさが省略されて描かれています。

アルジェの女たちの色彩感がのちに油彩で実現しました。

ドラクロワの自画像の視線

自画像や肖像画を見ていて、視線によって印象が強く左右されるのを感じる。

ドラクロワの自画像
ドラクロワの自画像

このドラクロワの自画像は自信満々で、なんだか見下されているようで、見ているこちらが劣等感を感じてしまう。

胸を張って堂々として、こっちをにらんだような視線は冷酷で、見下されているように見える。

なんだか偉そうに見えてしまうのだ。

この視線がやや上から見下ろしている様な感じが、見ているこっちが劣等感を感じてしまうのだ。

初めてこのドラクロワの自画像を見たときは、堂々としていて自信満々でうらやましく感じた。

いかに画家自身が、自分に自信を持っているかが伝わってきた。

しかし、今この自画像を見ると、画家の虚栄心というか、あまりに自信過剰な視線に見えてしまうのだ。

ほかの画家の自画像にはない。見下したような態度を感じるのだ。

ブロンズィーノの肖像画の部分
ブロンズィーノの肖像画の部分

例えばこのブロンズィーノの女性の視線もどこか冷たく見下されているような目に感じられる。

少し口は微笑んでいるので、まだドラクロワほど、見下されている様には見えないが、冷酷な感じは受けてしまう。

ある意味恥ずかしがって照れて笑えないので、少しでも笑おうと努力しているようにも見える。照れているのを感じる。

モネのこの自画像はドラクロワの自画像に似た視線で、あまり笑っていないし似ている構図だがドラクロワのような見下されている様には見えない。

モネの自画像
モネの自画像
眉間にしわを寄せて、厳しい目をしているが、冷たい視線ではなく、あくまで真剣な目に見える。モネの性格の良さを感じる。
ミュシャの自画像
ミュシャの自画像

ミュシャの自画像は見下ろした視線でややこちらを冷たい目線で見ている角度だが、ドラクロワの自画像のような、誇らしげに部下を見ている上司のような自信ありげな目は感じない。

むしろ、ミュシャが照れ臭そうに自画像を描いている感じがする。恥ずかしさと照れ隠しの目線である。
ホルマンハントのロセッティの肖像画
ホルマンハントのロセッティの肖像画

ホルマンハントのロセッティの肖像画は逆に目線がしたから見上げた目線で、こびたような目線である。

見上げた目線もどこか人を食ったようなふざけた視線に見える。

ホルマンハントのロセッティの肖像画はまだ若いころの自画像で、自意識過剰の肖像画として挑戦的な絵として見れる。

ドラクロワの自画像は38歳でもうすっかり大人の自画像なのだ。

いわばドラクロワが世間に認められて自信を持っている頃の自画像で、やや自信過剰な時期だったのかもしれない。

ジェリコーの自画像
ジェリコーの自画像

 

ジェリコーの絵画
ジェリコーの絵画

友人だったジェリコーとともにドミニク・アングルなどの古典派の巨匠とライバルだったドラクロワの戦っている意識がこの自画像に出ているのかもしれない。

アングルの作品
アングルの作品

 

エミール・ノルデの人物画の魅力

エミール・ノルデの絵は人物画も魅力的だ。

ノルデの人物画
ノルデの人物画

 

ノルデの人物画
ノルデの人物画

特に人物の表情がいい。どこか虚ろな表情で、じわじわと何かを訴えているような雰囲気がある。

ノルデの人物画
ノルデの人物画

北欧の太陽の光の弱い中で生きる、寂しさのようなものが漂っているようにも見える。

ノルデの人物画
ノルデの人物画

どこか絵本の挿絵のような親しみやすさもある。

滲んだ水彩の素朴さが感じられてかわいくも見える。

ノルデの人物画
ノルデの人物画
これは油絵だけど紫の逆光の光を受けた子供が、どこか憂いの表情をしている。元気だけれど寂しげという感じがして、スペインの光に満ちた明るさとは反対の冷めた感じがする。
ノルデの人物画
ノルデの人物画
子供が描いた絵のような素朴な味わいがある。微笑ましい人物画だ。

水彩の発色とにじみが一見乱暴に描かれているように見えて、子供の描いたような単純な絵にも見えてしまう。

上手い絵ではない魅力がある。この素朴さがノルデの人物画の魅力だ。

色んな事を想像できる余地のある人物画で、イメージが膨らむのだ。

ノルデの木版画
ノルデの木版画

木版画も素朴で細かく彫らない味わいがある。

想像が膨らむ表現で、最小限の表現で見る人を追うの世界へ誘う絵だ。

ノルデの木版画
ノルデの木版画
ノルデの自画像
ノルデの自画像

エミール・ノルデの花の絵の魅力

ドイツの画家エミール・ノルデの魅力は花の絵だ。

ノルデの水彩画
ノルデの水彩画

この原色に近い絵の具の色と水彩のにじみが引き出す自然体の植物の魅力だ。

ノルデの水彩画
ノルデの水彩画

ほとんど滲んでいる花の絵が濃厚な花の生命力のように感じる。

にじみが優しい植物のパワーになっているように見える。

ノルデの水彩画
ノルデの水彩画

この色彩の濃厚な色は強い花の自己主張にも感じるし、可憐で弱弱しくない強い生命力を発している。

ノルデの油絵
ノルデの油絵
ノルデの花の絵は油絵でも力強い。たくましく咲いている様子が感じられる。

普通はもっと可憐できれいな華やかさを出して描くのが画家の花の絵の常識だ。

ゴッホの花の絵
ゴッホの花の絵

ゴッホの花の絵も力強いが、ノルデの方が独特の生命力を感じさせる。

ゴッホはあくまで描き方の癖が力強く感じる。

ノルデの妖艶な花の不思議な生命力はゴッホに勝る。
ゴッホの花の絵の部分
ゴッホの花の絵の部分

ゴッホの花の絵はちょっと硬そうな花びらで、植物の生命力のような不思議な魅力よりも、ゴッホの描き方の味わいの方が強い。

ノルデの油絵の花
ノルデの油絵の花

ノルデの方が柔らかさがあり、自然な花の咲き方に見える。

地面から水分を吸収して上に伸びようとしている生命力があるのだ。

花の画家のテクニックではない魅力を引き出しているように感じる。

ゴッホはあくまで筆使いのタッチの魅力の方が大きい。

ゴッホの絵の方が花を距離を置いて見ているのだ。

ノルデは花を尊重して花に寄り添って語り掛けているように見える。

植物として尊重している目を感じられるのだ。

ゴッホ ひまわり
ゴッホ ひまわり

ゴッホは絵としての画家の個性と魅力で素晴らしいが、ノルデの花の絵は画家の花に寄り添う姿勢が菅らしいのだ。

個性的な自画像、肖像画4 ホルマン・ハント、ジャコモ・バッラ等

個性的な画家の自画像パート4は、まだある個性的肖像画、自画像を紹介します。

ウィリアム・ホルマン・ハントによるロセッティの想像画
ウィリアム・ホルマン・ハントによるガブリエル・ロセッティの肖像

ラファエル前派の画家ホルマンハントによるロセッティの肖像画です。若い時の肖像画で、自意識過剰のロセッティ像です。

自信たっぷりな視線が攻撃的で、若さを感じます。印象深い肖像画です。

ホルマンハントの絵画
ホルマンハントの絵画

ホルマンハントは色彩がきれいな絵画が多く、ラファエル前派の中での色は際立っています。

ホルマンハントの絵画
ホルマンハントの絵画

紫の色が印象的です。

ガブリエル・ロセッティの自画像
ガブリエル・ロセッティの自画像

ラファエル前派のロセッティの若いころの自画像はもっと自信に満ちています。好青年ぶりがわかります。

美少女の絵で有名です。

ロセッティの絵画
ロセッティの絵画
ジャコモ・バッラの肖像画
ジャコモ・バッラの肖像画
これはジャコモ・バッラというイタリアの未来派の画家の肖像画です。
ふざけているというか挑戦的な肖像画です。パステルで軽く描いています。
ジャコモ・バッラの絵画
ジャコモ・バッラの絵画「連続する犬のダイナミズム」

未来派の連続する運動をカメラの連蔵写真のようにとらえた絵画です。

デビット・ホックニーの自画像
デビット・ホックニーの自画像

これはイギリスのポップアートのデビット・ホックニーの自画像です。

まだ若いころで誠実な自画像です。明るいポップな絵になる前の絵でしょう。

フリードリヒの肖像画
フリードリヒの肖像画

どうしても入れたい肖像画はロマン派のドイツのフリードリヒです。

これまでも自画像を載せましたがどれもインパクトが凄いのでこれも肖像画ですが載せます。

自信を感じる若いフリードリッヒの肖像画です。やっぱり目の力がありすぎて怖い迫力です。

ゴヤの自画像
ゴヤの自画像

スペインの画家ゴヤも自画像が何枚かありますが、これも迫力があります。

かなり鬱屈した時期の自画像でしょう。ゴヤのもやもやした感情がそのまま表れています。