バーネット・ニューマン 崇高という境地を獲得した画家

英雄的にして崇高なる人間 1950
英雄的にして崇高なる人間 1950

バーネット・ニューマンは抽象表現主義のリーダー的な画家だ。

1905年アメリカのマンハッタン生まれ。

抽象表現主義の中でかなりの理論派の画家だ。ポロック、デ・クーニング、マーク・ロスコなどいかにも芸術家らしい気難しい雰囲気がない。

いつも無表情というか温厚そうで、あまり芸術家らしい怒りそうな性格に見えない。いつもスーツ姿で、まるで絵画を制作しているところが想像できない画家である。

外見では普通のサラリーマンのおじさんに見えてしまう。

しかし、決してただのおとなしいおじさんではなかった。

ニューマンはモンドリアンの回顧展がニューヨークで開かれた時、ヨーロッパの抽象絵画の色彩のシンプルな表現にとても衝撃を受けている。

ニューマンはヨーロッパ絵画の歴史を徹底的に分析した。

その結果、ピカソのキュビズムやシュールレアリズムの絵画、モンドリアンやカンディンスキーの抽象絵画などを分析した。

越えなければいけないヨーロッパ美術の巨大さに、立ち向かっていくための強い意志を美術に感じたのだ。

ピカソ、マチスやダリ、エルンストなどの、キャンバスに額で飾られる装飾品としての絵画を超えなければならない使命。

その使命をニューマンは巨大な画面とシンプルな色面、ジップと呼ばれる垂直の線で制作することで、アメリカ独自の額で飾られた絵画でない美術を制作する強い使命を感じたのだ。

誰が赤、青、黄色を恐れるのか 1969
誰が赤、青、黄を恐れるのか 1969

ニューマンの「赤、青、黄を恐れるのか」というタイトルの絵画は、ヨーロッパの抽象絵画のモンドリアンへの挑戦状といっていい。

この題名の絵画を何点か制作している。

いかにニューマンがヨーロッパの美術文化を意識していたかがわかる。

しかし、ニューマンはポロックやデクーニング、クリフォードスティル等と比べると彼は芸術家というよりも、抽象表現主義の精神的な芸術家集団のリーダー的な役割を担っていたのではないかと感じる。

自己主張の強いポロックなどの集団を冷静にまとめるリーダー的な理論派アーティストだったのではないかと思う。

彼の絵はまったくシンプルで、描く前に作品の概要がほぼ決まっているように見える。絵画の制作中に途中で変更するような絵画ではない。

はじめのイメージを、あまり迷いなく実現していく絵画であり、ポロックやデクーニングのように制作過程を楽しんで描いたような絵ではない。

言わばミニマルアートの先取りで、これで絵のサイズが小さかったら、正直、あまり面白い絵ではなかったと思う。

ニューマンは理論によって自分の絵を裏付けする必要があったのだ。

彼の絵は、なるべく近くから見る様にと、ニューマン自身が述べている。

巨大な絵画を前にした人間の、一種の崇高の感覚を味わうことが、ニューマンの単純な絵画の鑑賞方法なのだと述べた。

マークロスコと共通する絵画の鑑賞への提言である。

当時の人々に,この単純なニューマンの絵画を理解させるには相当な説明と理論武装が必要だったのだ。

英雄的にして崇高なる人間を見るバーネット・ニューマン
英雄的にして崇高なる人間を見るバーネット・ニューマン
カテドラ 1951
カテドラ 1951

 

ボイス・オブ・ファイア 1967
ボイス・オブ・ファイア 1967

彼の絵は千葉の川村記念美術館に「アンナの光」という巨大な作品があったが、極端に言えば、あの大きさがなかったら気にも留めない素通りしてしまうような単純な作品だ。カンディンスキーやモンドリアンのように構成で成り立っている絵ではない。

その代わり、彼は棒のような縦長の作品「ワイルド」や三角形の作品「シャルトル」もある。ニューマンは絵画で構成が描きたいのではなく、巨大さでスケールを表現し、そのなかに縦の帯、ジップというストライプを描いて、絵らしく見せる方法を編み出した。

唯一の自分の意志である縦の垂直線を描き込んだのだ。

ほとんどが平塗りの色面で、アーティストらしいマチエールの工夫は感じられない。彼はむしろそのような単純な絵になる過程と理論が大切であった。

試行錯誤していた頃は、絵らしい実験的な模索状態がよくわかる絵を描いている。あの単純な絵画に行き着いた過程の思考が結局、強い意志として、ストライプ、いわゆるZIPと言はれているものに行き着いたんだと思う。

シャルトルズ 1969
シャルトルズ 1969
shartles
ユリエール 1955
ユリエール 1955
ザ・ワイルドとバーネット・ニューマンとベティ・パーソンズ
ザ・ワイルドとバーネット・ニューマンとベティ・パーソンズ
ここにⅢ 1965 スティール  
ここにⅢ 1965 スティール
ワンメントⅣ 1953 の前のニューマン
ワンメントⅣ 1953 の前のニューマン